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東京高等裁判所 昭和55年(行コ)42号 判決

控訴人(原告) 久保田進 外二名

被控訴人(被告) 千代田町町長 千代田町公平委員会

主文

原判決中、控訴人久保田の被控訴人千代田町公平委員会に対する請求に関する部分を取り消す。

控訴人久保田の被控訴人千代田町公平委員会に対する訴を却下する。

控訴人らのその余の控訴をいずれも棄却する。

訴訟の総費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一双方の申立

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  控訴人らの被控訴人千代田町町長(旧千代田村村長)に対する各訴をいずれも前橋地方裁判所へ差し戻す。

3  被控訴人千代田町(旧千代田村)公平委員会が昭和五二年一二月一日付で控訴人らに対してなした審査請求却下の裁決をいずれも取消す。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

第二当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一(但し、千代田村は昭和五七年四月一日、千代田町となつたので、原判決中「千代田村」とあるのを、すべて「旧千代田村」と読みかえる。)であるので、これをここに引用する。

一  事実上及び法律上の主張

(控訴人ら)

1 本件派遣処分の「処分性」について

(1) 行政庁の処分とは、「行政庁が法に基づき優越的な意思の発動又は公権力の行使として人民に対し具体的事実に関し法的規制を為す行為、すなわち権利を設定し、義務を命じ、その他法律上の効果を発生させる行為である。」とか、「行政権が優越的地位において公権力の発動として為す行為、すなわち、いわゆる権力行為を総称する。国民の権利義務に直接関係のある行為であることを要する。」と言われている。そして、いかなる場合に行政庁の処分が存在しているといえるかについては、「具体的行為が、行政争訟の対象として、とりあげるに値するだけの表象を具えているかどうか、いいかえれば権限ある行政庁又は裁判所が公の権威をもつて取消し、その存在を否定するのでなければ、あたかも人民を拘束する力を有する行政行為が存在するかのごとく誤解させるに足るだけの外観上の表象を具えているかについて、客観的社会的通念に従つて判断するほかはない。」と言われている。

(2) 本件派遣処分を、「一連の手続中の先行行為によつては直接国民の権利利益に対し影響を及ぼさず、最終の処分によつて初めて国民の権利利益に対して法律効果を生じる場合、先行行為は不服申立の対象とならない。」という理論における先行行為とみるのは正当ではない。このことは、協議に基づいた当該地方公共団体の長の派遣勤務命令がなければ、派遣職員は、派遣を受けた地方公共団体での身分を取得することができない。すなわち法的効果を生じないことから裏付けられる。

(3) 本件派遣処分は、単に後の機関(本件では一部事務組合)の任命行為の予告通知的なものではなく、控訴人らに対する行政庁の外部的意思表示であり、かつ控訴人ら旧千代田村職員の身分の得喪、職務内容に関するものである。

控訴人らは、本件派遣処分だけによつても、請求原因2に掲記のとおり、具体的不利益を蒙るのであり、本件派遣処分における勤務先そのものが社会的にみて不利益な場合すらある訳であつて、本件は、それをも問題にしている。

このように、本件派遣処分自体が直ちに国民の権利利益に影響を及ぼしており、控訴人らの救済の必要性も認められるものである。

(4) 地方自治法二五二条の一七第二項に事前協議が定められていることを考慮するなら、本件派遣処分(派遣勤務命令)は、単なる事後の任命行為の「同意」を意味するものではなく、派遣を求める地方公共団体の長と派遣をする当該職員の属する地方公共団体の長との「合意」を意味する。

少くとも、派遣勤務命令は、当該職員の身分が変化する(身分を合わせ有する)ことについて、後の機関の任命行為と対等な意味を持つものと言える。

(5) 本件派遣制度の運用の実体からみても、右事前の協議においては、当該職員の所属する地方公共団体の長は、派遣を求めた地方公共団体の事務処理を行うについて、その合理化、能率化のために職員の派遣が必要であるか否かを考えることは勿論、当該職員の人事管理上の問題点、特に派遣先で、いかなる処遇を受けるかについて意を用いるべきであり、実質的には、派遣要請に応ずるか否か、派遣先でいかなる身分上の取り扱いを受けるか否かは、当該派遣勤務命令を出す地方公共団体の長によるところが大きいのである。このような運用の実体からみても、本件派遣処分は抗告訴訟の対象及び不利益処分に対する不服申立の対象となる「処分」と言える。

2 不服申立機関について

(1) 仮に、本件派遣処分が、それ自体としては独立した処分行為でないとしても、派遣勤務命令と後の職への任命行為とは関連する行為であり、全体として一個の処分とも解しうるから、新しい任命行為と同様、派遣勤務命令を出した機関へも、その取消を求めることができると解すべきである。

(2) 派遣職員は、派遣をする地方公共団体と派遣を求める地方公共団体の職員の身分を合わせ有することになるのであり、そうだとすれば、その派遣を求めた地方公共団体で不利益処分を受けた場合、その不服申立をいずれか一方の地方公共団体の公平委員会へ為すことも適法と認めてよい。かえつて、両者への不服申立の余地を認めることこそ、公務員の身分保障につながり、法の精神に合致するものである。そして、このことは、職員の派遣の制度が、行政上の便宜により立法された過程に照らし、当然首肯しうるところである。因みに、県や市町村の職員の派遣交流の場合の不利益処分に対する不服は、どちらの公平委員会、人事委員会に対し申し立てても良いことになつている。

(3) 以上、専ら行政目的から生じた地方自治法の派遣制度について、しかも派遣職員は派遣以前の身分を合わせ有するという右制度の内容からすれば、控訴人らが本件の任命行為を含めた一連の不利益処分について、被控訴人公平委員会を名宛人とした不服申立は適法であり、同公平委員会が、控訴人らが原審で主張した補正教示をすることなく、実質審理をせず、理由も付さずに却下決定をしたことは違法である。

3 控訴人久保田の訴の利益について

控訴人久保田が昭和五五年四月二八日付で一部事務組合への派遣勤務を免ぜられ、かつ同月三〇日付で、旧千代田村を退職したことは認める。

同控訴人は、一部事務組合へ派遣されていた間、管理職手当が月額六、四八〇円(昭和五二年度)ないし七、三九〇円(同五四年度)減額され、勤務場所の変更により月額四八〇〇円の交通費の負担を余儀なくされたものであつて、本件派遣処分が取消され、或は、その無効が確認されることは、事後の右管理職手当等の請求に影響を及ぼすものであるから、同控訴人が本件訴をなす具体的利益は十分残存している。

(被控訴人ら)

1 本件派遣処分は、それ自体独立した行政処分ではなく、一部事務組合の為した任用行為(これが行政処分である)に同意を与えるものに過ぎない。控訴人らは、一部事務組合の任用行為こそ争いの対象にすべきであり、従つて、その不服申立も亦、被控訴人公平委員会に対して為すべきではなく、一部事務組合の公平委員会に対して為すべきである。

2 控訴人久保田は、昭和五五年四月二八日付で一部事務組合への派遣勤務を免ぜられ、かつ、同月三〇日付で旧千代田村を退職しているから、本件訴の利益はない。

同控訴人が一部事務組合へ派遣されていた間、管理職手当が減額されたことは認めるが、その額がその主張のとおりであること及びその余の主張事実は否認する。仮に同控訴人が、管理職手当等の差額の支払を求める場合には、直ちに給付訴訟を提起し、その前提として本件派遣処分の効力を争えば足り、独立して本件処分の取消を求める法律上の利益はない。

二  証拠関係〈省略〉

理由

一  まず、地方自治法二五二条の一七の職員の派遣について考える。

地方自治法二五二条の一七は、従来地方公共団体相互間の協力援助の方法として、出向や併任等の形で適宜行われていた職員の派遣の制度を法制化し、派遣される職員の身分保障を確保するとともに、地方公共団体相互間の事務処理の能率化、合理化に資しようとしたものである。すなわち、同条によれば、派遣される職員は、派遣を受けた地方公共団体の職員の身分をあわせ有することとなり、その身分の取扱に関しては、政令による特別の定め及び当該職員を派遣し並びにその派遣を受けた地方公共団体の長間の協議に基づく別異の定めによるほかは、当該職員を派遣した地方公共団体の職員に関する法令の規定の適用があるものと規定されている。

右のような立法の趣旨及び同条が「職員の派遣を求めることができる。」と職員の派遣を求める側を主体とした規定をし、かつ、派遣職員の身分について、派遣をする地方公共団体の職員としての身分に変動はなく、同人はそのうえに新らたに派遣を受けた地方公共団体の職員の身分をあわせ有することとなると規定していることを考えれば、地方公共団体の長は、他の地方公共団体の長から同条に基づく要求があれば、特に支障のない限りこれに応ずべく、派遣を求め、これを受ける地方公共団体の長は、同条に基づき当該職員に対し、その同意を要せずに任用(採用)発令を行つて、自らとの間の勤務関係に入らしめうるものであり、当該職員は、派遣を求め、これを受ける地方公共団体の長の任用(採用)発令によつて、従来の身分にあわせて派遣を求め、これを受けた地方公共団体の職員の身分を有することになるものと解せられる。したがつて、当該職員の法的地位ないし権利関係に変動をもたらすものは、派遣を求め、これを受ける地方公共団体の長の任用(採用)発令であつて、派遣をする地方公共団体の長の、当該職員に対する派遣勤務命令は、当該職員に対する職務命令ないしは、同条に基づく派遣要求に応じた旨の通知にとどまり、これのみによつて直ちに当該職員の法的地位ないし権利関係の変動を生ずるものではないと解するのが相当である。

二  そこで、控訴人らの被控訴人旧村長(現町長)に対する請求について判断する。

1  請求原因1の事実中、同被控訴人に関する部分は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実と成立に争いのない乙第二号証の一ないし三によれば、本件組合の管理者が、昭和五二年九月二二日付で被控訴人旧村長に対し地方自治法二九二条、二五二条の一七により控訴人ら三名の派遣を求め、被控訴人旧村長が同月二九日付で右管理者に対し控訴人ら三名を同年一〇月一日付で派遣する旨回答をし、然る後同年一〇月一日付で本件各派遣処分及び本件組合の管理者による各任命(採用)が行われていることが認められる。

3  地方自治法二五二条の一七による職員の派遣については前記一で説示したとおりであつて、これによれば、本件組合の管理者が控訴人らに対してなした新しい職への任命(採用)行為が、抗告訴訟の対象となる「処分」であつて、控訴人ら主張の本件各派遣処分は、これには該らないというべきである。また、右職員の派遣制度において、右任命(採用)行為を抗告訴訟の対象とする他に本件各派遣処分を殊更取りあげて、その対象としなければならない特段の事由はこれを見出し難い。

4  してみれば、控訴人らが被控訴人旧村長を相手方として取消を求める本件各派遣処分は抗告訴訟の対象となるものではないから、控訴人らの訴は不適法なものであり、却下を免れない。なお、控訴人久保田が昭和五五年四月二八日付で一部事務組合への派遣勤務を免ぜられ、ついで同月三〇日付で旧千代田村を退職したことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、同控訴人が現在本訴について訴の利益を有するかどうか疑がないわけではないが、以上認定判断したとおり同控訴人の本訴は、その対象においてすでに不適法なものであることが明らかであるから、右の点については更に立入ることをしない。

三  つぎに、被控訴人公平委員会に対する請求について判断する。

1  請求原因1の事実中、同被控訴人に関する部分は当事者間に争いがない。

2  まず、控訴人今田及び同小沢の身分関係についてみるのに、控訴人今田が、旧千代田村の技術吏員で住民課に配属され塵芥収集車の運転手として勤務し、昭和五二年一〇月一日付で、本件組合に運転手兼清掃手として任命されたこと、控訴人小沢が、旧千代田村の技術吏員で住民課に配属され、塵芥収集車付き清掃夫として勤務し、前同日付で本件組合に清掃手として任命されたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の一及び二によれば、控訴人今田は、昭和四五年八月一日、旧千代田村から技手補(運転手)を命ぜられ、控訴人小沢は、同四五年八月一六日、同村から技手補(清掃夫)を命ぜられたことが認められる。

右によれば、控訴人今田は、旧千代田村の職員としては運転手であり、同小沢は、清掃手であつて、いずれも単純な労務に雇用されている者ということができる。尤も、右控訴人らの原審における各本人尋問の結果中には、同控訴人らが、運転手ないし清掃手としての職務のほかに、一般行政事務をも併せ行つていた旨の部分はあるが、前述のとおり同控訴人らが本件組合から運転手ないし清掃手として派遣要請されたことに照して考えると、同控訴人らが右のような事務を行つていたとしても、それはむしろ付随的ないし臨時的なものにすぎないというべく、この事実があるからといつて直ちに同控訴人らが単純労務者でなくなるものとは認め難い。他に、右の認定判断を左右すべき主張、立証はない。

そうして、いわゆる単純労務者については、不利益処分に関する不服申立に関する地方公務員法の適用はないから、控訴人今田及び同小沢の被控訴人公平委員会に対する不服の申立は、いずれも申立権のないものがなした不適法なものというほかないから、これらを却下した被控訴人公平委員会の決定は、相当である。

3  つぎに、控訴人久保田についてみるのに、同控訴人が昭和五五年四月二八日付で本件組合への派遣勤務を免ぜられ、ついで同月三〇日付で旧千代田村を退職したことは、当事者間に争いがない。

右のとおり、同控訴人は現在においては本件組合に派遣されておらず、しかも旧千代田村の職員でもないのであるから、同控訴人はもはや被控訴人公平委員会のした本件決定の取消を求める利益を有しないものというべきである。なお、同控訴人は管理職手当等の差額の支払を求めるため、なお右決定の取消を求める必要があると主張するが、本件決定は、同控訴人が受けたと主張する不利益処分に対するいわゆる行政不服審査手続においてなされたものであつて、その取消が同控訴人主張の支払請求の前提をなすものではないから、同控訴人に、右決定の取消につきその主張のような必要性を認めることが出来ず、他に同控訴人において、本訴を維持する利益を有することを首肯するに足りる特段の事情の存在についての主張、立証はない。

したがって、控訴人久保田の被控訴人公平委員会に対する本件訴は、現在においてはその利益を欠くものであるから、更に立ち入って判断するまでもなく、不適法としてこれを却下すべきものである。

4  以上のとおりであるから、控訴人らの被控訴人公平委員会に対する訴は、いずれも排斥を免れない。

四  してみると、控訴人らの被控訴人旧村長(町長)に対する訴は、不適法であつていずれもこれを却下すべきものであるから、これと同旨の原判決は相当であつて、控訴人らの被控訴人村長(町長)に対する各控訴はいずれも理由がないから、これらを棄却し、控訴人今田及び同小沢の被控訴人公平委員会に対する請求は理由がないから、これと結論において同旨の原判決は結局相当であつて、同控訴人らの被控訴人公平委員会に対する控訴はいずれも理由がないから、これらを棄却し、控訴人久保田の被控訴人公平委員会に対する訴は、これを不適法として却下すべきものであるから、これを棄却した原判決を取り消し、右訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上泉 小川昭二郎 山崎健二)

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